里山にも春が来ます。

ここは、東京です。
東京の郊外には、山も河もあります。
八王子の街路に、家々に、春が来ました。
まるで桜が春を運んできたような、不思議な感覚を毎年覚えるのです。

街路樹に桜を選ぶ日本人の感覚とは、いったいどんなものなのでしょうか?
1年のうちのほんの1〜2週の間に目で楽しむためだけに、
こんなにも日本全国の道路で桜並木が続いているとしたら・・・。
「ハカナイ」と云う言葉に、思いを寄せてみました。一年のほとんどの期間では葉が繁る
だけになる木を、冬には落葉してしまうこわい木肌を、わずかの時の鮮烈な
開花の記憶を四季の桜の木に重ね合わせて生きているのではないでしょうか?

高原光輝



桜の花を塩漬けにして、桜湯を楽しみませんか?
桜吹雪で散ってしまう前に。



街路樹に桜を選ぶ日本人の感覚とは、いったいどんなものなのでしょうか?

はかなくも かそけき光 誰がためぞ 心に沁みる 夢桜花



家々の光は、電気で灯されるだけではありません。
桜を愛でる人々の気持ちが、日本の国土そのものに遺伝されているのかも知れませんね。



里山の春の午後。
こうしたなんでもない、日常の風景が大好きです。
ドラマの中にいるのではないのだから、何も起らないのがいいのです。
桜の醸し出す雰囲気が、心の中で春霞を感じさせます。



1週間後には、すべて散ってしまう桜の花々。
ひとつひとつの花の中に妖精が宿っているとしたら?
夜の桜には、桜の花々全体でひとつの生き物のように迫って来る怖さを感じますよね。
昼の光のなかで視る桜の花は可憐な姿ですけれども、どこか遠くの世界に誘ってくる妖しい存在には変わりません。



里山のお寺の山門に、枝垂れ(しだれ)桜が立っています。
ただ、ただ、このように何十年も立っています。
木々の上を流れる時間と人間を比べてみる習慣が身に付いてしまっているせいか、彼の人生(?)に
いつのまにか思いをはせていました。
色々なものを視て、感じて、そして立っているのでしょう。
午睡の夢で話し合ってみたいものです。



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